第十四回 らくだ亭「たっぷり!さん喬の会」
第十四回 らくだ亭「たっぷり、さん喬の会」
2008年11月27日(木)会場:内幸町ホール

開口一番:柳家小ぞう「道灌」
途中から聞いたんですけど、なんか変わった「道灌」演ってました。
柳亭左龍「鹿政談」
今日は「たっぷり!さん喬の会」ということで、
みなさん今くらいは力を抜いて聞いてください、
(後が)長いんですから、だって。
さらに、今晩中に終わればいいけど、、、
遅くとも電車のある時間には、、、なんて、
長講と熱演で知られる師匠のさん喬さんを茶化します。
つづいてご自身のハナシ。
最近、出版した本「使ってみたいイキでイナセな江戸ことば」の宣伝。
仲入りで買っちゃいました。
落語に登場する江戸言葉、約200。
「半ちく」「どがちゃか」「ばけべそ」なんて、
落語だから出会える、あんな言葉に、こんな言葉。
楽しいですねェ。
落語も心地よいトーンと古典らしいリズムが美しいのです。
気持ち良くて、ちょっと、っていうか、かなりウトウトしちゃいました。
柳家さん喬「たちきり」
いつもの季節の移ろい、日本の景色の美しさを語る「さん喬トーク」
郊外にいると、この時期でも稲穂を見かけるけれども、
その稲穂にサッと光が当たった瞬間の美しさがなァ、なんて、
相変わらず詩的というか、ノスタルジーすらも感じる、
日本の風景の美しさを切り出して語ってくれます。
「噺が長い」と言われることについては、
そんなに長い長い言われても、、、
教わったとおりに演ってるだけなんだけど、なんて言ってました。
で、男女の恋のハナシから「たちきり」へ。
勝手な番付ですけど「片想い噺」の西の大関ですかねェ。
主人公の若旦那は相変わらず愚かしい若者です。
さん喬さんの演出家もしれないんですが、
「(こんなことになると)分かっていたら
蔵を蹴やぶってでも」なんて言葉がかえって虚しいのです。
なんで、こんな噺が生まれたんだろう。
よほど芸者にモテなかった男が皮肉で創ったんですかね。
仲入り
柳家さん喬「文七元結」
「え〜文七元結」演ります、と言うと、客席は「オ〜」と喜びの声。
一席目に「たちきり」聞いてるのに、お客さんも好きだよなァ。
「そんなに長く演らないですよ」と断りつつ、
飲む打つ買うといっても、今は説明が必要ですね、
なんて手短なマクラを振って噺の方へ。
時間の関係ですかね。
足し算も引き算も、あまりなかった様に思います。
強いて言えば、サノズチでの親子の別れ、
お久が長兵衛に金を渡すシーンっていうのが
「泣くんじゃねぇ」って強がる長兵衛さんが
泣いてるっていう泣き笑い。
ジーンとするような良い場面が
オリジナルっぽい足し算でしたか(たぶん)。
ラストの場面も極力シンプルに、
カラっと明るい江戸っ子の長兵衛さん。
ガミガミ言いながら家族愛の象徴のようなお上さんと、
この物語の影のヒーロー、お久が再会して抱き合う。
分かっていても、このメデタシメデタシに
安心感と、一つの冒険が終わったような達成感というか、
そんなものを感じているのかもしれないですね。
もしかすると人情噺ってのは手軽なビタミンみたいなモノかもなァ。
そんな何度も聞いているハズのこの噺。
筋書きはもちろん言葉もほとんど同じ。
なのに何で演者によって良い悪いなんて感想があるんでしょうかね。
やっぱ演者の魅力、ということに尽きるんでしょうけど、
結局、その魅力って落語として表現されているものを受け取っている訳で、
平たく言えば技術ということなのかなァ。











