立川志ら乃 真打ち大作戦 立川志らく師匠を納得させる会
立川志ら乃 真打ち大作戦 立川志らく師匠を納得させる会
2009年12月19日(土)会場:紀ノ国屋サザンシアター
いわゆる「真打ちトライアル」が復活したかたちなのか、
ちょっとわからないまま、当日をむかえました。
サザンシアターは、満員ではないけれども
けっこうな入り、という感じ。
志ら乃さんのお客さんでいっぱいだったんですかね、
で一部、ぼくのような志らく師匠の
追っかけも混ざっていたのだと思います。
立川志ら乃「だくだく」
スーっと登場して、ボソボソと
面白いことをしゃべる、いつものマクラです。
真打ち関連のハナシはそれほどなかったかな。
志ら乃さんは「マヌケで安心して聞ける」から
泥棒が出てくる噺が好きで、と、
うれしそうに「だくだく」の始まりです。
自由気ままに「つもり」で
生きているの男が楽しい落語ですよね。
ギャグだくさんで、志ら乃さんの落語でも、
ぼくは好きな噺です。
「盗んだつもり」になれる泥棒っていうのは、
まぬけっていうか、狂ってるっていうか、
まァ豊かなんでしょうね。曖昧な言い方だけど。
立川志らく「黄金餅」
ほとんどマクラもなくて
「下谷の山崎町というところに」と、
「黄金餅」が始まったから驚いた。
釜無し村の和尚が酔っぱらって、
犬みたいに吠えてたりしてビックリしたんですが、
金へ執着した男の冒険である、この噺を
いっそう訳が分からなくバカバカしくしてくれるのが、
この和尚だと思います。
「落語は人が死なないから良い」っていうのは
大林監督が言った言葉ということなんですが、
この「黄金餅」にしろ、「らくだ」にしろ、
死体に情なんて、ほとんどないのだからすごい。
立川志ら乃「子別れ(通し)」
こちらもマクラはなかったかな。
「上」である「強飯(こわめし)の女郎買い」から
「子はかすがい」まで。
高座を終えて、少し長めのお辞儀をした後、
志らく師匠を呼び入れて、判定というか総評へ。
ま、あんまり細かいことを書いても
しょうがないので、ほどほどにしておきますが、
覚えている範囲で。
真打ちっていうのは、成りたいからって成るものじゃない。
お客さんや席亭やら、そういうところから、
真打ちが生まれるんだから、師匠が納得すればいいんじゃなくて、
お客が納得しないと。
真打ちになるのにトライアルを
「しなくちゃいけない」って、
なぜか、みんな思ってるかもしれないけど、
自分(志らく師匠)の時は真打ちは決まっていて、
演出として、トライアルを考えたのだから、
ガチンコで真打ちになれるかなれないか、ではなかった。
(志ら乃さんが)真打ちということになれば、
孫弟子で初めて、ということになるし、
だからおのずとハードルは高くなる。それはしょうがない。
早く真打ちになってほしいし、家元に報告したい、と、
想いも込みででの言葉の数々だったのでした。
あとは「江戸の風」のハナシ。
(志ら乃さんに)なんで「子別れ」にしたの?
この噺なら「上」で「粋さ」を出さないのか、とか。
「紙ちゃん」なんて江戸落語を
感じさせてくれるフレーズが無かったし、
もっと言えば人情噺でお客を納得させるのは簡単。
たとえば「饅頭恐い」にあたらしい演出を入れるとか、
師匠の自分もやっていないチャレンジをするとか、
そういうことで驚かせてほしかった。
登場人物のリズムが一定にならないように、
同じリズムで語るから客のムードがドヨーンとする。
人情噺を落語のリズムで語れば良いと思う。
真打ちになれる力は十分にあるんだから、
まずフレーズを大切にする、
そして、たくさんのものを見たり、聞いたりすること。
古い映画や昭和歌謡など家元(談志)や
志らく師匠が好きだから見る聞くだけじゃなくて、
自分から好きにならないと。
こんな感じだったと思います。
そして志らく師匠から
「次は、真打ちになりました」という
お披露目の会にしよう。なんとか来年中に。
とのことで会はお開きになりました。
これ、この前も言ってなかったっけな、、、
あ、らく朝さんのトライアルの時か。
| 管理人の独り言 |
| 2009年中の休養となっていた家元(談志)が復帰までもう少しかかるようですね。公式サイトでのアナウンスがありました。 2月2日の生志さんの会がどうなるんだろう、みたいな細かい心配もありますけど、まずは体を治していただくのが一番ですよね。 |





