落語の雑談

「立川談志を聴け(山本益博)」を読んで談志落語の魅力を再発見できた話【読書】

山本益博さんの著書「立川談志を聴け」が文庫化されたので読みました。

立川談志の高座の魅力の一つはドキュメンタリーとかドキュメンタリー性と言われます。

ぼくはそれについて、その日の高座の出来・不出来や優れた批評で世相を切る枕など「何が起きるかわからない様」かなとずっと思ってきました。

山本益博さんは以下のように書いています。

「黄金餅」も「木乃伊取り」も「品川心中」も、談志の演出では、”人間の性根というは、善意とか正義で済まされないものがある”と言いたげであった。

つまり多くの談志落語そのものが人間のドキュメンタリーってことなんだ。
と今更ながら思ったのでした。

また談志の「文七元結」は五十両に踏ん切りをつける時間が毎回違うことを例に、その即興性についても語られています

落語家はそもそも、”はなし”家と呼ばれ、噺とも咄とも書いてそれに当てた。つまり、いま思いついた言葉のようにしゃべる、口からでまかせで話す、それが落語の話芸だった。<中略>大切なのは何より、”即興”なのである。
高座はいつでも出たとこ勝負、観客との共同作業によって、はじめて噺が成立するといってよい。これが談志落語の特徴であり、危険をはらんだ魅力といえよう。

人間のリアリティを追求しようともがく姿もドキュメンタリーとしての魅力なのだと思います。
自分がよくわからず、うまく言葉にできていなかったことを言い当てられたような気がしました。

読みながら自分がどのくらい談志の落語を聞いたのか、と振り返ったりしてました。
はじめては2005年8月31日の「立川談志一門会」(会場:国立劇場大劇場)。

「金明竹」談笑
「死神」志らく
「青木先生」笑福亭鶴瓶
「文違い」談春
「金玉医者」談志

という会でした。すごい豪華ですよね。
それから志らく師匠の会もすごく行きましたが談志師匠も追いかけていました。
(ちなみに最後の高座は2011年2月20日「新春たちかわ寄席 立川談志一門会」の「明烏」でした。)

中でも人間の怖さや、おかしさ、といったリアルとはまた別のリアリティに震えた高座は2007年9月11日「立川談志独演会」の「死神」です。
人の寿命であるロウソクを本人の目の前でいたずら半分といった表情であっさり消してしまう、そのサゲの衝撃に、しばらく身動きができなくなってしまったほどでした。

コミカルに人をからかうサゲも落語らしくていいのですが、「死神」が人間にやりかえすようなニュアンスは、少し都合がよくて違和感があった。
死神はアッサリと人を殺すことができる、そういった絶対的なもの、神様なりのリアルを突きつける談志版サゲが強烈でした。

本の話に戻ると、著者が様々な高座について書いたメモが紹介されていますけど、そういった客席からの言葉、客席で感じたことというのが、この本の良いところだと思いました。

談志が対峙したお客との関係性の中で様々なことが語られるから、さまざまなリアリティのある言葉につながっている。
また談志を聴こう、と思えたのは事実です。


「立川談志を聴け (小学館文庫プレジデントセレクト)」山本 益博

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